アイス・ホッケーの話・4 ホッケーやる!

「ボク、ホッケーやる。」
全ては、長男のこの一言から始まった。

両親は、スケートとは無縁の環境で育ったが、カナダに移住し、
生まれてきた子供にはそんなことは関係無い。
周りを海で囲まれた日本人の多くが泳げるのが当たり前なように、
雪国で生まれ育ったカナダ人にとって、スケートをするのは、
自転車に乗るようなもの。
子供達にスケートを習わせるのは、実に至極当たり前な選択だった。

ただ、スケート・レッスンに続いて、同じリンクで
必ずホッケーの試合がある。
退屈なレッスンと対照的に、こっちはゲームだから、
実に楽しそうに見える。

長男も、レッスンの後は、この自分の家族とは無縁な、
楽しそうなゲームに見入っていたようである。(妻の談)

さすがに子供は覚えるのが早い。
我が家の家系で初めて、スケートの出来る子として
歴史に名を刻んだ。

そして、満を持して文頭の発言。
みんなと同じようにスケートさえ出来れば良い。
それだけが目的だっただけに、これには面食らった。

多くの日本人(恐らく北海道を除く日本全土)がそうであるように、
ホッケーに対していいイメージは持っていなかった。
①ぶつかったり、わざとぶつけられたりして、危ない。
②防具・道具・試合で膨大なお金がかかるスポーツ。
③試合中にケンカをする、野蛮なスポーツ。

しかし、それまで自分の主張をすることの無かった子の、
生まれて初めての主張。
それも「やりたい」ではなく「やる」と言い切られてしまっては、
「ダメ」とは言えない。

この、子供だけでなく、後に自分自身の人生をも変えることになる
決断は、実はしぶしぶ下されたのだった。

アイスホッケーの話・3カナダのホッケー事情

カナダはホッケー大国である。
冬季オリンピックでは最も応援に熱の入る競技であるし、
ホッケー専門のスポーツ用品店もあちこちにある。

池が凍ればホッケー、クリスマスに親戚一同が集まれば、
一族老若男女でホッケーを楽しむこともある。
裏庭にプライベートの仮設リンクを作り、
子供の遊び場にする人も。

夏もアリーナはオープンで、誰でも借りる事が出来る。
冬ともなれば、アリーナのレンタル料は倍に跳ね上がり、
それでもキャンセル待ちの状態になる。
ある意味、異常とも言える。

日本でここまでポピュラーなスポーツがあるだろうか?
野球、もしくはサッカーだろうか。
いや、体育の授業でもやる、バレーボールか。
ドッジボール・・・はまず無いな。

日本では、ドッジボールを禁止する動くがあるそうな。
「イジメにつながりやすい」「痛いだけ」というのが、
理由らしい。
日本は、ホントに住みにくい国だ。

ああ、また話が反れた。

野球の話・7 初優勝

バッターが、リトルリーグ仕込みの正確なバントで
キッチリ投手前に転がす。

(よしっ)
後は脇目も振らず一気にホームを駆け抜け、あろうことか
中腰でベースを注視していたアンパイアの顔(マスクあり)に
右肩を強打。

「セーフ!」
いきなり顔を殴られて動揺しながらも、
コールする主審。
劇的なサヨナラ勝ちだ。

「やったー!!!」
ベンチから全員が飛び出してきて、叩かれた。
テレビでしか見ることのなかったシーンが
現実に起こったのである。

ただ、野球の人生初優勝は、喜びよりも
主審にぶつかった時の肩の痛みと
皆に叩かれたことの方が強烈だった。

翌年バイトを変えたので、野球もシーズン最後の
この試合を最後に辞めた。

その後就職し、駐在を機に海外で野球を再開することになろうとは、
誰が予想出来たろう。

野球の話・6 必勝の策

「初球スクイズだ。思いっきり走れ。」
思いもよらぬ指示だった。

一点取れば勝ちだから、スクイズは選択肢にはある。
だが、タッチの必要のない満塁でのスクイズは、難しい。
それに、スクイズはカウントと敵の守りを見てやるもの、
という先入観があったから。

(初球か)

だが、例え失敗しても、最悪でもダブルプレーで攻撃は続き、
負けるわけではない。
かくして、必勝の策は下された。

心臓が口から出そう、とはああいうことを言うのだろう。
またバクバクしてきた。

ピッチャーはバッター勝負で、セットポジションでは無かった。
(えっ?このポジションでは、牽制球は投げられないんじゃ?)
三塁手もベースから離れる。
スルスルっとリードした。

(あれ?ほんとにいいの?)

ピッチャーが振りかぶる。
(今だ!)
三塁コーチが叫ぶ。「ゴーゴー!」
スタートと同時に、投球モーション中のピッチャーに睨まれた。
(あれ、牽制出来るんだっけ?)
足が止まった。

すると三塁コーチが、「止まるな!ゴーゴー!」
もうこうなると、行けと言われて、訳も分からず
敵陣に突っ込む足軽の心境だ。
ホームに向かって一目散に走る。
球がピッチャーから放たれた。

う~りゃ~

つづく

野球の話・5 最後の攻撃

エラーだったのか、内野安打だったのか、定かではない。
ただ、一塁コーチがはしゃいでいた。
棚からぼた餅と言うか、もうけもん、という感じ。

当の本人は・・・ただただ、塁に出れて嬉しかった。
続くバッターも四球で、ノーアウト 一、二塁。
俄然、盛り上がって来た。
応援団もベンチも押せ押せムードだ。

ここで敵は、満塁策を取った。
最終回裏、ノーアウト満塁。
ここで迎えたバッターは、リトルリーグで鳴らしたエースで三番。
これ以上のお膳立ては無かった。

この時点で勝負はついたとも言える。
逆に言えば、このバッターを迎えての満塁策は大間違い。

三塁コーチに呼ばれて、作戦を伝えられた。
大事な場面に、バイトの控え選手にブロックサインは送れない。
というか、そもそもサインを知らない。

「えっ?」
ここでようやく自分の立場を理解した。

つづく

野球の話・4 土壇場の攻撃

緊張しながらも、最終回の守りをエラーなしで終え、
エースの踏ん張りによって同点で迎えた最終回裏。
最後の攻撃。

運命のイタズラで、自分からの打順だった。

打てない選手だから代打を送られても不思議の無い場面だが、
そこは草野球。
こんな大事な場面でも、もう控えの選手はいなかった。

「思い切って振ってこい」そんな感じのことを
先輩に言われて送り出された。

(見逃し三振だけはするな。とにかくストライクは全部振ろう。)
自分にそう言い聞かせ、
心臓をバクバクさせながら打席に立った。

ピッチャーも疲れてるし、9番バッターの若造相手に
余計な神経を使って球数を増やすのは避けたい。
ど真ん中にストレート。それで十分。
振りかぶって一球目を投げる。

(速い!)

神に祈る思いで、半分やけくそでバットを振る。
当たった。

ゴロが三塁方向に転がって行った。
脇目も振らず、無我夢中で一塁に走る。
(もっと速く走れんのか、アホ!)
一気に一塁ベースを駆け抜けた。

「セーフ!」
何と、判定はセーフだった。

つづく

野球の話・3 イトーヨーカ堂の体育祭

その年、地元で、バイトしていたイトーヨーカ堂の体育祭のようなものがあった。
東北六県各支店から各種目の代表チームが集まって、日頃の練習の成果を競う大会。
軟式野球もその種目の一つだった。

我が支店のチームは決勝戦に勝ち残っており、
その大事な試合にベンチ入り。
それまでの試合は、多分授業があって、行けなかったのだと思う。

決勝戦にふさわしい、一点を争うゲーム展開で、
こんな大事な試合に、バイト生の俺なんかがいていいのだろうか、
と思った記憶がある。
そんな、ハラハラドキドキの試合だった。

観客席で見ている分には、応援は盛り上がるし、
こんな面白い余興は無いに違いない。
だが、グラウンドでプレーする人にとっては、
失敗=負けとなる可能性のある試合は、きつい。

それは、ベンチの控え選手も同じで、
「あいつに代えなければ、負けはしなかった。」
などと言われるよりは、出ないでそのまま終わってくれたほうが・・・
などと実力が無いだけに、弱気になる。

ちなみに、かのイチロー選手は、そういうプレッシャーを楽しめるのだと言う。
それでまたステップを一つ上がれるのだと。

俺は、イチローにはなれない。(当たり前だ)

本人の思いとは裏腹に、選手の怪我か何かで、
終盤の守備から出ることになった。

つづく

野球の話・2 イチロー選手

ただ、草野球と言えど、投げるフォームが綺麗というだけで
通用するものではない。
遊びのソフトボールでは、球が遅いので狙った所に打てたが、
野球は球が速い上に曲がったりする。

とても素人に打てたものでは無い。

守備は完璧だった。(誰かに言われた訳ではないが)
打球が少し速いものの、内野の守備はソフトボールと比べて
大佐はいなかった。ちゃうわ、大差無かった。

が、打撃は当てて内野ゴロにするのが精一杯。

イチロー選手は、ケースバイケースで、思いっきり芯に当てて
ホームランにしたり、ワザと芯を外して内野安打にするってんだから、
只者では無い。(皆知ってる)

それで思い出したが、イチロー選手がセーフティーバントをしたら、
芯に当たってしまい、ホームランになってしまったというビデオが
YouTube に投稿されている。
ま、画像をよく見てみれば合成と判る、お遊びのビデオで、
いくらイチロー選手といえど、これはあり得ない。

話を戻して、では野球の経験の無い自分は優勝とは無関係だったのか?
実は、自分には天性のツキがあった。

つづく

野球の話・1 草野球

野球の話が出たので、ちょっとホッケーの話はお休みして、今日から野球の話。
(集中出来ない性格)

学生の時にバイトしてたイトーヨーカ堂で、選手が足りなくて入れて貰ったのが、
野球の始まり。(*)

最初の練習日にキャッチボールをやってたら、先輩社員に
「お前、プロみたいな投げ方するなぁ。」
と指摘され、初めて自分は綺麗なフォームで投げていたことに気付く。

人間とは単純なもので、一つでも何かを褒められると、俄然やる気が出て来る。
嫌いなはずの、それも早朝の「練習」に参加した。
背が高いからという単純な理由で、バイト生ながら一塁手で
スタメン出場することもあった。

(*)注:実は、中学入学と同時に「夢」を叶えるために、野球部に入部したが、
球拾いや声出しという地道な「練習」が好きになれず、
下手なくせに歳が上というだけで威張ってる「先輩」という悪しき風習に嫌気が差して、
秋には帰宅部員となり消滅。
一年も持たない、根性ナシ。
恥ずかしい過去なので、伏せることにする。

アイスホッケーの話・2 子供の頃の夢

ホッケーなんて、日本ではマイナーなスポーツ。興味無いよ。
そう思う日本人は多いと思う。

かくいう自分も、子供の頃に熱中したスポーツと言えば、ソフトボール。
クラブ活動ではなく、ただひたすら仲間を募って、
高校(下記注:ここでは便宜上そう書くが、正確には工業高等専門学校(高専)という、
高校と大学をくっつけた学校)に入ってもやっていた程のソフトボール好き。

思えば、この頃から人を集めて楽しい事をやるという才能が芽生えていたのかも知れない。
人間、行動してみないと隠れた才能は見つけられない。
イチロー選手は、よく天才と称されるけど、それは違うと思う。
きっと最初は、他の子同様に下手だったんじゃないかな。
彼の優れた才能は、練習の賜物であり、天性の才能とは違うと思う。

テレビで高校野球とプロ野球を見て、将来の夢は
(野球をやったこともないのに)プロ野球選手。

あれ?ホッケーの話するんだった。ま、いいか。