トロント市 対 ミシサガ市 日本人対抗親善ソフトボール大会

25年前、トロントでこんな楽しい催しがありました。

https://youtu.be/NQB-ij2HWwE

祝 平昌オリンピック出場決定!

平昌オリンピック出場を決めたスマイルジャパンに、
トロントに武者修行に来ていた鈴木世奈選手が
選ばれているのを知って、感激!

ここでの試合でも、彼女のディフェンスは
カナダ人にも負けず、安心して見ていられた。

倉田知実選手と鈴木世奈選手の試合観戦記
https://www.youtube.com/watch?v=wLzUXg6LZHQ

ビギナーリーグのファミリーホッケーゲームを企画

先週、うちのリーグでシーズン中初の親善試合を企画・実行。
いつもは敵同士でケンカ腰の選手たちも、この日は終始和やかムードで楽しかった。

冬のシーズン中は、リンクの確保が難しいが、またチャンスがあればやってみたいと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=heC41agixxs

野球の話・9 

随分とご無沙汰してしまった、野球の話の続き。

試合が終わると、夜まで開店しない「ミーティング会場」に戻る。
勝てば「祝勝会」、負けたら「残念会」だ。
真っ昼間から、カラオケを始めるツワモノも。

さすがに付き合ってられないので、気の合う若者三人衆で抜け出し、
別のレストランに場所を変えてブランチを取る。

同年代の仲間、それも同じ駐在員という境遇の友達との食事は、
会話がとにかく面白い。

同僚のおかしなアメリカ人の話。
日本ではありえへん、アメリカならではの訴訟の話。
しまいには、BGMでかかってる曲にツッコミ。

店が空いてたことも幸いして、腹がよじれるほど大笑いしたのを
覚えている。

ちなみに、三人とも苗字がKで始まる珍しい組み合わせだった。
海野(かいの)
菊地(自分)
口井(くちい)

その頭を取って、「かきくコンビ」。
これにもし、「け」と「こ」で始まる苗字でもいたら、
「かきくけこ」組だ。

でも、「け」で始まる苗字って・・・?

ニュージャージーでの野球は、勝ち負けなど関係無い、
酒を飲む名目作りのためのイベントでしかなかった。

<ニュージャージー編 終わり>

野球の話・8 試合前のミーティングに来い

ゴルフでニュージャージー州の話になったところで、
野球の話に戻る。

日本食レストラン関係者で作る野球チームがあり、
やはり日本人のチーム相手に草野球をやっていた。
日本人だけで出来てしまうところが、アメリカの凄さ。

世界一広い公園と言われる、マンハッタンのセントラルパークで、
日曜朝に試合はあった。
誘われて断わる理由は無かった。
セントラルパークでやるという事に、ミーハー心を
くすぐられたのは事実。

ちなみに、マンハッタンの五番街に初めて行った時も
心が躍った。
この時は、自分の車でただ通り過ぎただけだったが、
映画とテレビでしか見たことのなかった世界は、
例えるなら、東映の映画村に足を踏み入れた気分とでもいうか。
映画村に行った事は無いが。

ただ困ったのは、試合前の土曜夜に「ミーティング」があったこと。
こっちは、スポーツをする前の晩は飲まない主義なので、
「夕食」→「カラオケ」の流れとなる溜まり場に行くのは
避けていた。
試合は朝早いので、早々に入浴を済ませて日が変わる前に
ベッドに入ると、電話がかかって来る。

試合前のミーティングがあるから直ぐに来い。
みんな揃っているから、と。
そう言われて、断わる勇気は持ち合わせていなかった。

仕方無く着替えて出掛けると、飲兵衛のメンバーが揃っており、
カラオケをやっている。

「〇〇さんは?」と欠けてるメンバーの所在を聞くと、
今日は来てないよ、と。
「ミーティングは?」と聞くと、
まぁ、とにかく飲め、と。

ミーティングと称した、ただの飲み会だった。
頃合いを見て抜け出し、アパートに戻る。
メンバーの一部は、そのまま朝まで飲んで試合に参加したらしい。

ゴルフの話・4 ニュージャージーへ

社会人となり、若気の至りで言いたいことをズバッと言う性格が
嫌われたのか、正式配属後一年半でアメリカのロスに駐在となった。
さらに、また一年半後にニュー・ジャージー州に転勤となった。

(またかよ)
そう思わずにはいられなかったが、駐在要員が不足がちだった当時、
独り身はいいように扱われるのが常だった。

春になり、先輩Sさんの飲み仲間でよくゴルフが行われていた。
ロスのような庶民ゴルフでも、接待ゴルフでもない、
気の合う仲間だけの、楽しいゴルフでスコアを競っていた。
この時の経験が、後々の活動の根底にある。

ニュー・ジャージー州の次は、国も変わり、
カナダのトロントに駐在で、そこでゴルフコースの予約やら、
人集めやらをやった。

そして今では、ホッケーで同じことをやっている。
気の合う仲間だけで、楽しいゲームをやることにこだわっている
からこそ、長く続き、いい人だけが集まって来る。

話をニュー・ジャージーに戻す。

暫くして、駐在員の溜まり場となっていた日本食レストラン
主催のゴルフ・コンペがあり、断り切れず参加させて貰った。
まだ、コンペに参加出来るレベルからは、程遠かった。
だが、結果的にはこの選択があったからこそ、ゴルフを
続けられたとも言えた。

ようやくおいらの、ゴルフの神様との駆け引きがスタートした。